緊急入院と指定難病
私事ですが、まさか人生の中でこんなドラマ展開が待ち受けているとは予想もできませんでした。
血液検査→緊急入院へ
2019年5月上旬に鍋割山の登頂に成功したはいいものの、やはり最近は体が本調子ではないと感じていた為、前日に病院で血液検査を受けていました。
登山中、病院から電話があり、「検査結果が出たので、すぐに来院してください」と。
私( ´・ω・)「検査結果が出たなんて、わざわざ連絡してくれるんだ~良い病院だな~」
と、軽く考えていました。よく考えれば、検査結果が出たなんてわざわざ電話する事の方が通常ではないですよね。
しかしその時は登山中。どう頑張っても営業時間内に病院に行くことができないので、申し訳ないけれど翌日に来院する予約を入れ、その場は鍋割山山頂を目指しました。
翌日、病院へ行くと何だか手厚い看護を受ける私。。。
看護師さん(*´ω`)「こんにちは~大丈夫ですか?眩暈とかしませんか?こちらに座って待っていてくださいね。何かあれば、声をかけてくださいね」
私(; ´ω`)「は、はい。ありがとうございます。眩暈とかはありません」
いつもはこんな事を言われないので、ちょっとびっくりです。登山中でも「顔が真っ青!」と見知らぬ登山客に言われたほどだったので、もしかしたら「今日も顔色白い?青い?」くらいに考えていました。
診察室に呼ばれ、先生はいつになく真剣で検査結果を教えてくれました。
先生(`・ω・)「驚くほどひどい貧血状態です。原因がわからないので、もっと大きな病院で精密検査をしてみませんか?紹介状は書きます。よければ、こちらから診察予約もいれます」
私(; ゚ ロ゚)なんか大ごと。。。「あ、お、お願いします。紹介状ください。。。」
先生の紹介で少し離れた総合病院に行きました。この地域では大きな病院なので、診察待ちだけで半日が潰れていくのは、地味に辛かったです。
先生( ´・ω・)「はい、こんにちは~。ひどい貧血ってことですね」
既に紹介状や再度の血液検査の結果を見ていた先生に呼ばれ、診察室で自分の血液検査結果を見ました。
先生( ´・ω・)「この数値、ヘモグロビンなんだけど。平均値がね女性でも最低11はあるんですよ。それがあなたは5。この数字が4になったら、いつ倒れてもおかしくないレベルです。具合悪かったりしませんでしたか?」
私( ゚ ロ゚)「え~。。。登山に行けるくらい大丈夫のつもりでした」
先生(; ゚ ロ゚)「登山?!登ったの?!登れないでしょう?!」
私(; ´ω`)「登頂成功しました。。。」
先生(; ゚ ロ゚)「 え~凄いね!でも、こうなっている原因がわからないから、すぐ入院して検査しましょう」
私(; ゚ ロ゚)「え?入院?!来週から人生初の海外旅行なんです!旅費払っちゃったし、できればその後で入院というわけにはいきませんか?」
先生( ´・ω・)「残念だね。キャンセルしてね。診断書があれば、キャンセル料はそんなに取られないはずだから。必要なら書きますよ」
人生初の海外旅行で、飛行機や出国・入国審査の為に英語も勉強してきたのが悔しくて、どうにかならないかを先生に必死の説得を試みましたが、ダメでした。
先生(; ´ω`)「あなたがね、死ぬつもりでも行くと言うのなら止めることはできないけれど、医者として「行ってもいい」とは言えません」
私(´;Д;`)「そんなぁ~」
ここで入院を一時的にバックれて、旅行後に何気なく入院手続きをするような姑息な人はいるかもしれないだろうけれど、こんなにたくさんの患者さんがいる中で、自分の我儘で時間や手間をかけさせるのも忍びなく、指示通り3日後から緊急入院が決定しました。
検査と退屈
まさか最初の血液検査から10日も経たずに入院生活を送ることになるとは、家族の誰もが想像していませんでした。
けれど、元々体の頑丈さには自信があったので、「すぐに帰ってやる!」と意気込んでいましたが、1日置きに検査です。
検査の日は朝か前夜に何の検査をするか看護師さんに予約表?みたいな紙をもらいますが、時間指定がありません。
先生の都合で検査が入ってくるので、朝から病室待機です。だいたいの時間で午前中やお昼頃とは言われますが、正確な時間がわからないのでかなり前後しました。
その間はただひたすらに退屈!
ゲームを持ってきても、大部屋だった為にボタンの音や読み込みの音がやけに大きく響いてしまって、気兼ねなく暇つぶしはできませんでした。
本を持ってくるのも忘れてしまい、無駄に買い物する気にもなれず、ぼんやりと寝ているか、スマホでニュース見てるかだけの毎日。。。飽きます。
入院した翌日から1日置きに検査をしましたが、どの検査でも陰性。先生たちが当たりを付けていた病気ではない事が判明しただけで、このままでは入院生活が伸び伸びになってしまうと恐れていたところ、病気が判明しました。
指定難病【発作性夜間ヘモグロビン尿症】
夕方に先生が病室に来て病名を教えてくれましたが、長過ぎて憶えきれませんでした(*´ω`)
翌日、家族がお見舞いに来る予定を立てていてくれたので、ついでに先生と一緒に病気のこと、治療方針を聞くことになりました。
この時、「難病です」とは言われなかったので、私は夫へも家族へも、「貧血の凄い病気?みたいなものらしいよ」と気楽に報告していました。
それを聞いた家族の方が、インターネットで色々と調べて「それって指定難病じゃない?。。。」というところに辿り着いて、恐怖の前夜を過ごしていました。
診察室に家族一同集まって、先生の話を聞いて、そこでやっと「国の指定難病です」と明言され、私にもようやく状況が把握できました。
発作性夜間ヘモグロビン尿症という難病で、発症原因は不明。症例も少なく、国内では400件ほどしか確認されていない病気でした。
その為、確定した治療方針がなく、完治は見込めない・治療は一生涯続く・運が良ければ状態回復する可能性もあるという話を聞きました。
そこまで重い病気ではないと想像していた私には、頭真っ白です。
ただ息切れが激しく、運動したくても息が続かないだけと思っていました。貧血っぽいとは感じていても、倒れることはありませんでしたし、体力も筋力も同年代の中ではある方だと思っていただけに、これから先が怖くなりました。
この病気は、自分の赤血球を破壊してしまうので、ひどい貧血状態に陥ります。
たかが貧血と思っていましたが、原因不明で治しようもないからこそ、難病なのですよね。
自分の体がいくら血を作っても、片っ端から壊して回る自分がいるので、血液は常に足りない状態。
赤血球は酸素や栄養を運ぶ大事な要素ですから、無理をすればいつだって失神してもおかしくないギリギリの崖っぷちにいるのだと、初めて理解しました。
夫や家族とは、「白血病とか、ガンじゃなくて良かったよね」と言い合っていましたが、お互いに「指定難病だなんて。。。」という思いが隠れていたように思います。
難病との闘い。結婚継続?
治療方法は、私自身の血液を破壊する免疫?の力を弱らせ続ける点滴を打つことです。
免疫力が著しく下がるので、様々な感染症にかかりやすく、そして進行しやすくなります。
その為、人の多いところ、集団生活を余儀なくされるところなどには行かないようにと指示されました。
野生動物との触れ合いも危険で、できる限り感染しない努力を、と。
治療の為に免疫力が落ちるので、感染力の強い一部の病気に対して、点滴の数週間前にワクチンを注射しなければなりません。
保険適用外のワクチン、ずっと続く点滴治療、具合が悪くなればいつでも入院生活が待っていて、輸血も今後必要になってくる。今までの生活とはガラリと変わり過ぎて、自分自身ですら状況に追いついていっていませんでした。
そんな時、ふと夫との結婚生活はどうなってしまうのかと怖くなりました。
健康で健全な夫婦だからこそ一緒にいられましたが、これから制約が増えてしまう私と一緒にいることを拒絶されるのではないか、夫の家族にも離婚を推奨されるのではないかと。
配偶者の重篤な病気は離婚自由として認められているのを知っていたので、私は遠くない将来、夫から言われなくても負担になるくらいなら私から離婚した方がいいのかな、と考えていました。
体調は輸血や服薬で一時的に落ち着いてきたので、本格的な治療の前に退院することができた日、私は夫に確認しました。
私( ´・ω・)「正直に答えてほしいんだけど」
夫(`・ω・)「何?」
私( ´・ω・)「これから治療がずっと続いて、今までみたいにあちこち行けなくなるかもしれない。治療費だって、国の補助があってもあくまでも補助だから安くない金額を出し続けなくちゃならない。それでも結婚しててくれる?無理なら離婚してもいいんだよ?」
夫(*´ω`)「ずっと一緒にいるよ。当たり前だよ」
私(´;Д;`)「ぅわああああん!」
正直、病気のことで先が見えなくなっていて怖かったです。
夫の優しさに縋りたいという気持ちもあって、こんな事を聞いてしまいましたが、受け止めてくれて本当に感謝しかありません。
難病と向き合う
退院しても、まだ本格的な治療が始まっていないせいか、病気が夢だったんじゃないかと思うことも少なくありません。
けれど、実際に息切れはまだあるし、貧血症状もなくなっていません。夫や家族は前以上に気を遣ってくれています。
それなのに、未だに私は難病だという実感が湧きません。
無茶をしようと思えば、いつだって無茶についていける体があるという思いから、離れたくないのかもしれません。
難病という病気と向き合う日がいつか来るのかと思うと、それも怖く思います。
今はただ、穏やかに体力を回復しつつ、人生でやり残しが無いように生きていこうと思う日々です。